かれこれ10年以上前の話。
独立したての時に、知人の紹介で広告代理店のディレクターにポートフォリオ(自分がデザインしたものの実績集)を持って行ったことがある。
デザイナーにとって広告代理店は、さまざまな仕事をもらうクライアントであるので、良い評価を得られたらいいなと意気込みポートフォリオを見ていただいた。当時まだ駆け出しで実績は少ないものの、前職やボランティアでのデザイン活動で、内装デザイン・イベントデザイン・そしてグラフィックデザインを網羅したいろんなことができるデザイナーを売りにしたポートフォリオを作ってお渡しした。
そしてディレクターからいただいた感想は、
「おもしろい活動や多ジャンルのデザインをしていて興味深いが、私としては1ジャンルでいいから尖った能力がほしい」
というものだった。
自分が「多能工」と掲げて強みだと思っていたものを、「そこは重要じゃないよ」という感想が返ってきたことに、驚きと、焦り、落胆や悔しさ、そして多少の納得を感じたことを覚えている。
都会の広告代理店は自分以外にも多くの外部デザイナーと繋がりがある。そんななかデザイナーに求めるものは、「こういう案件の時はこのジャンルを得意とするあのデザイナーが適任」というわかりやすいキャラクターであることはすぐ想像がついたので、ある意味納得したし、そうならないと仕事がもらえないという焦りも同時に感じた瞬間であった。
一方で自分は一つのジャンルに集中せず、当時よくわからないのにWEBに手を出したり、イベント企画に手を出したり、グラフィック以外に内装や家具、プロダクト、果ては施工もしたり、とにかくいろんな方向に手を伸ばして広く浅く活動をすることに、このままで良いものができるのか?という不安があった。
また、有名なデザイン事務所は、いわゆるその「事務所のテイスト」を全面に出した統一感のあるデザインをホームページなどに載せている。
このデザインテイストというものも、自分はとにかくバラバラなものを作っていてこんな芯のないデザインを作ってて良いのだろうかと自問自答をしていた。
クライアントが欲しいと言ったらキラキラした小さな女の子が求めるようなデザインも作り、なんだか自分はいろんなものに染まるデザイナーだなと、このままでいいのか?と。
そんなことで、自分が手がける「広く浅くて」「いろんなものに染まっちゃう」「多能工」「バラバラなデザインテイスト」の道をこのまま進んでいいものなのかとぼんやりと感じながら仕事をしてきた。
しかし、その道が正解かもと思い始めたのは、岡山・笠岡で仕事が順調に入り始めた5年くらい前の頃でした。
理由は、この地方では一人でいろんなことをできることが求められていると分かってきたからです。仕事のサイズにもよりますが。
地方では、
・都会に比べてデザイナーが少ないので、クライアントはデザイナーを適材適所で選べないこと。
・ひとつのかっこたるデザインテイストよりも、それぞれの一流じゃなくても、かわいいデザインからカッコイイデザインテイストまで選べる方が良いこと。
・限られた予算の中で、複数案件を行うには同じデザイナーに任せた方が情報共有が早くスムーズだし、統一感のあるデザインになる。企業の背景をデザイナー内により多く蓄積でき、それがアウトプットの質に現れるしブランディングの深さにもつながってくる。
「広く浅くなデザイン」と「いろんなものに染まれるデザイナー」は、地域に根ざすデザイナーにこそ必要なんじゃないかと感じてきた。
それは自分の中のコンプレックスが強みに変わったことへの気づきであり、続けてきたことによる自分へのギフトでした。
そんな多ジャンルに手を出している自分は、なぜグラフィックデザイン一筋じゃなく、内装や企画やWEBやらいろいろと一人でやろうとしているのか。
理由はそのまんま、いろんなものを作りたいからです。
いろんなものに興味があるし、いろんなものを作るのが好きだし、手を出したい。
自分にとってチャレンジな案件で新しいジャンルだとしても、楽しそうで少しでもできると見込みがあればハイ!と手を上げて受けてきました。もちろん受けたからには必死で良いものを作る努力が前提です。それを10年以上続けてくることで広く浅くなデザインが受け入れられたと思いますし、広く「いくらか深い」デザインにバージョンアップもしてきてはいると思います。
さらに自分の生き方で説明すると、いろんなことに早めに手を出した方が人生自体がおもしろくなるはずだからです。
仕事以外にも趣味もなるべく早い段階からちょっと無理して手をだす。人生100年時代と言われる今日、長い人生を楽しく過ごすにはたぶんもっと趣味や仕事の種類を増やさないと暇になってきそうです(笑)。
釣りやギターや工作、映画、お酒など趣味としてありますが、この10年で登山やランニングや狩猟にまで手を出しています。広い敷地のある地方に移住してからは、畑だってできそうだし鶏も飼えそうです。今は草刈りにハマっています。
「広く浅く」は地域の仕事に関してもこれからの人生に関しても、自分に合った生き方なんだなと腑に落ちてきた今日この頃でした。
※なお、話に出てきた代理店のディレクターさんとはその後も多くの仕事を一緒に楽しくやらせてもらい、尊敬するし、また仕事いっしょにできたらいいなとも思っていますし、その方のデザイン技術についてのブログも楽しくこっそり拝見しています。